わが子の障碍がわかるまで
この文章は「カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル」様のブログの記事
「【あの頃】「わが子の障害がわかるまで」体験談募集」にコメントしようと思ったが、あまりに長文過ぎて「これでは先方には迷惑でわ?」という事でこちらに書いた文章です(笑)
書き方に少々不明な書き方があるかと思いますが、カイパパ様のブログの記事を併せて読んで頂けるとご理解頂ける物と思います。
私のような稚拙な文章でも誰かを少しだけ支える事が出来るのであれば、無上の幸いです。
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2才8ヶ月に保育園(発達障碍、身体障碍、知的障碍の療育を専門としている保育園)の入園の為の検診にて「自閉症」と診断されました。
●お子さんはどんな状態でしたか?
おおよそ自閉症の特徴を兼ね備えておりました。
・他人と目線を合わせません。
・言葉を喋りません。(シチュエーションによって言葉にならない言葉は言うのですが、それを私達が理解する事は出来ません)
・こちらの名前に対する呼びかけは反応しません。その代わり自分に取って重要な言葉「ごはんよ」「お風呂よ」「お出かけしよう」は確実に反応します。(これが私の判断を誤らせました)
・ご飯を適量たべる事が出来ません。ご飯を口につめるだけ詰め込んで吐いたりする事が多いです。 また現在でもうまく噛み切る事が出来ません。ここのブログにも書いたのですが、以前に誤って糸こんにゃくをたべさせてしまい。その時には胃液まで吐いてしまいました。
・その場でくるくる回ります。
・その場でぴょんぴょん跳ねます。
・手をひらひらさせます。
・おもちゃを与えるとくるくる回します。
・車のおもちゃが好きですが、転がすことは殆どしません。横から眺めるだけです。
・回す物が好きです。自転車の車輪なんかが大好きです。
・車や自転車のお出かけが大好きです。これは周囲の風景で視覚刺激があるからでしょう。
・電球等の光るものに興味が強いです。
・電光掲示板に対しての興味が強いです。
・スイッチを絶えず切ったり入れたりします。
・コンピュータのLEDがピカピカ光るのを見るのが好きです(笑)
・コンピュータの電源を切ったり入れたりします。これで大被害に遭いました(笑)
・コンピュータの操作は出来ません・・・・が・・・・なぜか「Ctrl+Alt+Delete」を知っています(爆笑)。多分私の操作を見て覚えていたんでしょう。それに「スタート→Windowsの終了」も出来ます。やっぱり大被害を被りました。(笑)
・うちの場合は緑色、青い色の食べ物は手を付けません。しかし全く食べないのではなくて卵焼き(これが好物)にほうれん草やネギを仕込んだらしぶしぶながら食べます。(ですから克服可能と考えています)
・酸味の強い食べ物が嫌いです。ちらし寿司はあまり食べようとはしません(最終的には食べますが)。ミカンの缶詰は食べますが、実際のミカン、はっさく、オレンジは駄目です。パイナップルもリンゴも駄目みたいです。強い酸味の物は駄目みたいですね。ただ弱い酸味の物はしぶしぶたべるのでこれも克服可能と思います。
但し、自閉症では無いなぁ・・・と思う部分があり、これが私の判断を誤らせたとも言えます。(誰の責任にも出来ませんが)
・夫婦で喧嘩をしている時に、私達夫婦の手を握ってお互いに握らせようとします。私は「仲直りしてよ」というメッセージだと未だに信じているところがあります。
・母親と父親を明らかに認識します。(しかし、だからと言って自閉症ではないというのは希薄な根拠ですね)
●不安を感じ始めたのはいつ頃でしたか?
・恥ずかしい話、兄嫁に指摘されるまでは問題は無いと思っていました。
#その兄嫁も本屋さんで偶然手に取った本で「あ、(俺の息子は)はもしかしたら自閉症なのでは?」と思ったそうです。
また親子教室の先生からは「木馬園の入園」を進められていたのですが、その時は「家内が育児のキャパシティが足りないので早いうちに保育園に入った方が家内の為なのかな・・・」くらいに思っていました。
この時に親子教室に行った所、「お子さんにはコミュニケーション障碍があるかもしれない」と初めて聞き、ひっくり返りました。
何の事はありません。
親子教室のスタッフさんは「コミュニケーションに少々問題がある」と家内には遠まわしに言っていたのです。
所が家内はそれを「息子に障碍がある」とは受け取らなかった(受け取れなかった)のです。
家内は育児に一杯一杯の状態がずっと続いていたので、親子教室の方も気を使って遠まわしに言っていたみたいですが、
家内はそれをうまく解釈出来ないほど一杯一杯だったのです。
その時は「俺をちょっとは呼んで欲しかったなぁ」とは思いました。
でも、僕も何度か親子教室に行っていましたが「息子に障碍は無い、多分うまく(親子のコミュニケーションが)やれていないだけ」、と偉そうな事を言っていたもんなぁ・・・。
確かに視線を合わさないなぁ、とか言葉を喋らないなぁ、はあったんですが家内の「ご飯よー!」には反応したし、車でお出かけという時にはすぐに反応したし・・・。
一番大きかったのは僕たち夫婦の前では笑う泣くがはっきりしていた事でしょうか・・・・。
そのためかく不安を感じる事があまり無かったのは事実です。
無論、指摘されて調べて見れば、次から次へと自閉症の特有の行動にあてはまるのです。
これは私の怠慢でしょう。もうちょっと真剣に観察していれば、と悔やまれます。
親子教室では沢山お世話になりました。
只、お願いというか希望というか「遠まわしに言うと私達のような鈍感な夫婦はなかなか気がつかないから、ダイレクトに言うべき親御さんもいるかもしれませんね」とは申し添えました。
無論これは私は「お願い」なんですが、これで親子教室のスタッフさんが嫌な思いをしたら悪かったよなぁ。
●診断は、どんな経緯でわかりましたか?
重複しましたが、兄嫁、母の指摘でした。
母は以前から「言葉を喋らない」「目線を合わさない」という事を主張していましたが、僕は「それは個人差じゃ無いの」とか「今の子供はこういう子供が多いらしいよ」と言って取り合いませんでした。
今に思うと母に悪い事をしたと後悔しています。
成長期の大事な期間にこれらの事を「こういうものかな?」と見逃していた私は大きな失敗をしたとも言えます。
兄嫁の指摘でインターネットで調べ、症状の全てが合致し、「自閉症としか言いようが無い」事を知りました。
検診でも「自閉症」と診断されました。
非常にぶっきらぼうな先生(笑)でしたが、「両親を意識しています。ここからの療育は最悪の状況ではありません」とおっしゃっていただき、救われた思いもありました。
それに多分にぶっきらぼうだったのは私が次々に質問をしたので「あ、この父親は一応調べているな」と思われたのかもしれません。
#実際にはまだまだ調べる事は沢山あるのですが
で、一緒に来てもらった家内と兄嫁は私と先生の話は専門用語が飛び交っていたらしく(そうか?)スワヒリ語にしか聞こえなかったそうです(うそやろ?)。
●そのときどんな気持ちでしたか?
正直言えば、絶望していました。
僕にとっての自閉症の恐怖は「俺の息子は『おとうさん』『おかあさん』と呼んでくれないかもしれない、嫌、『おとうさん』『おかあさん』とさえ思ってくれない」でした。
この恐怖は他の病気には無い恐怖です。
命の危険がある病気は無論恐怖でしょうが、命の危険が無いが『親と見てくれない』というのは別種の恐怖です。
息子の自閉症を意識し始めてから立ち直るまでの間は、気がつけばいつも泣いていたように思います。
知人のhpのチャットでカミングアウトした時に、
「筋ジストロフィーに比べれば自閉症はまだまし」と言われてカッとなった事を覚えています。
その人にしてみれば、僕を慰めたかったのです。
だから今は怒りはありません。
むしろその人なりに気を使って下さったのですから感謝しています。
★最後に、
現在では、私達夫婦は息子の自閉症を受け入れる事が出来ました。
そして、息子をどのように療育していくか、その端緒についた所です。
受け入れる事が出来た理由はたくさんあります。
私と家内の両親の言葉。
兄弟夫婦の言葉。
インターネットで知り合った沢山の人達。
事あるごとに相談してもらった会社の同期の友人。
そして顔も名前もそして有った事さえも無い先輩たち(カイパパ様もその一人です。)
そして、医師でもあり、一児の親でもある「北の国からファン」さんは私の嘆きをリアルタイムで沢山聞いて頂きました。
とても、とても感謝しています。
でも、私は二つの文章と一人の人物の存在をどうしても挙げておきたいと思います。
一つは乙武広匡氏の「五体不満足」です。
僕は息子が生まれる前に沢山の葛藤がありました。
「うまく育てられるのだろうか?」
「障害があったらどうしよう?」
そういった事で悩んでいた時期があったのです。
「息子が自閉症かもしれない」と思って数週間、自分の書籍の整理をしている時にこの本を見つけました。
そして、その頃の葛藤と決意を思い出しました。
「手足がなかろうが、どんな障害があろうが俺の息子だ。それだけは譲らない。」
もう一つの文章は多分はカイパパ様のブログに来られる方はご存じかと思います。
ジム・シンクレア氏が自閉症の親に宛てて書いた「われわれの存在を嘆くな」です。
この言葉にどれほど勇気づけられたでしょう。
そして私達夫婦を勇気づけた人物が居ます。
それは他ならぬ息子です。
僕がPCで自閉症関連について検索していると、家内が僕を呼びました。
「息子が・・・ほら踊っているよ・・・こっち来て見てあげて・・・・」
トマトはトントントン、ダイコンはコンコンコン、キャベツはキュッキュッキュ・・・・
その息子は今日は機嫌が良かったんでしょうか。
今までにしてくれた事が無いお遊戯をしているのです。
そんな息子のお遊戯は、無論上手なわけがありません。
家内は泣いていました。
僕はタツキがお遊戯しているのを止めたくなかったので、遠巻きに見て、声を殺して泣きました。
今までに経験が無かった程、泣きました。
私達夫婦は今まで「息子が言う事を聞いてくれない」「言葉をなかなか喋ってくれない」そんな事を嘆き、衝突しながら、息子を育ててきました。
そして、自分の息子が自閉症かもしれないという衝撃。
ジム・シンクレア氏が書いた通り、確かに衝撃でした。
息子には何の障害も無いと思っていたのに、実は障害があって、
もしかしたら一生「おとうさん」「おかあさん」と呼んでくれないかもしれない。
こんな恐ろしい事はありません。
でも今は違います。
僕たち夫婦は他の障害の無い子供を持つ人達とは違い、こんなに些細な事にも幸福を感
じる事が出来ます。
「今日は息子が笑ってくれた、こんなに嬉しい事は無い」
「今日は『おいで』と言ったらすぐに来てくれた。嬉しいなぁ」
今まで見過ごしていただろう事を幸福と噛み締めて一つ一つ拾っていけます。
僕達の二人の絶望を救ってくれたのは間違い無く、僕達の息子です。
現在は食事の時にも息子の行動について「これはああしよう、こうしよう」という事を何の抵抗も無く話し合ったりします。
息子が2才8ヶ月になった時、僕は父親になりました。
家内も同じ気持ちでしょう。
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長文、失礼いたしました。
こういう物はどうしても感情が入る為か長くなりがちですねぇ。
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コメント
PONTAさん
泣きました。
「この子の親でよかった…」という思い――シンクロしました。
ありがとう。大切な体験と気持ちをシェアしてくれて。
投稿: カイパパ | 4月 20, 2004 07:53 午前
PONTAさん、はじめまして。
カイパパさんの方から遊びに来て読ませていただきました。
<僕たち夫婦は他の障害の無い子供を持つ人達とは違い、こんなに些細な事にも幸福を感じる事が出来ます。>
本当にそうですよね。私には未熟児で生まれた子がおり、やはりそのせいで同年齢のお子さんと比べると未発達の部分が目立つように思います。先日、1歳1ヶ月にしてやっと歩くことが出来ました。(似たような年齢のお子さんはみな10ヶ月や一歳前に歩く子ばかりでした)
その瞬間を目撃した時、出産時のことや保育器にはいってNICUへ通った日々、退院後のデリケートな暮らしをはじめさまざまな出来事が走馬灯のように(生まれて初めてこの感覚を体験しました)思い出されて、せっかくの初めてのアンヨが涙でなかなか見えませんでした。
うれしくてうれしくて、母に電話したらイマイチ反応が薄かったのです。母にしてみれば何人めかの孫なので、心配などしていなかったのでしょう。それはそれでありがたいことですが、喜びを分かち合えない気がして寂しかったです。
それを友人に話したら「同じ出来事でも何倍も感動できるのはそれだけ頑張ったあなたにだけ与えられた特権よ。すべての思い出が宝物なんだよ。」と言われました。私はその言葉を聞き、目がさめたような気がしました。
皆様のご苦労はわたしのそれなどとは比べ物にはならないでしょうが、少しだけ、お気持ちが共有できたような気がして書かせていただきました。
投稿: おさかな天国 | 4月 27, 2004 09:29 午後
カイパパさん、おさかな天国さん、コメント頂きありがとうございます。
私を勇気づけられたジム・シンクレア氏の「われわれの存在を嘆くな」は最後にこう締めくくられています。
「もしもこの話を読んで勇気がわいたという人がいたら、どうかわれわれの仲間になってほしい。勇気と決意とをもって、希望と喜びを手に、われわれのもとに集まってほしい。胸踊る一生があなたを待っている。」
僕は、今この言葉を噛み締めています。
投稿: (大阪・PONTA) | 4月 28, 2004 09:55 午前
PONTAさん、はじめまして。
私もカイパパさんのほうから遊びに来ました、はるかあちゃんです。
我が家の息子も小学三年生、日々の小さな喜びをかみしめながら生活しています。
PONTAさんの文を読んで、涙が止まりませんでした。
「自分だけじゃない、みんなこうして心から子どもを愛し、
毎日を送っているんだ」と思うととても勇気づけられました。
本当にありがとうございます。
私も、がんばります。
投稿: はるかあちゃん | 6月 06, 2004 07:08 午前
>はるかあちゃんさん
ずっとコメント出来ませんした。申し訳ありません。
自閉症児の家族にとって、インターネットという媒体はとても重要だと思います。
インターネットが無ければ、あの名文「われわれの存在を嘆くな」を知る事は無かったでしょう。
そしてカイパパさん達、「自閉症児の親達」はお互いの存在を知る事が出来なかったと思います。
インターネットが普及する前から精力的に活動されている親御さん達がいらっしゃいます。
その方達に比べれば、私達は幾らか恵まれています。
私はたいした人間ではありません。
でも言い続けていこうと思います。
「頑張ろう」
投稿: (大阪・PONTA) | 7月 13, 2004 10:50 午前