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6月 02, 2004

作業療法の始まり

今週から作業療法が始まった。
月に2~3回、1回につき40分の時間が与えられる。
これを「短い」とおもうだろうか?
それとも「恵まれている」と思うだろうか?

残念ながら「恵まれている」と考えざるを得ない状況がある。
これ以上を望むのならば専門の支援センター等に行くしかない。
しかしそれでも自費診療でない限り、状況はあまり変わらないと思う。
実際の所、作業療法等を行える施設は限られており、
作業療法士の人数は障碍を持つ人に対して充分では無い・・・かもしれない。

「かもしれない」と書いたのは「自宅で療育を出来る環境、スキル」を持てる家族ならば、医師なり作業療法士から具体的なアドバイスを受ける事で自宅でも作業療法を行えるかもしれないからだ。
しかし、実際にそこまでのスキルを身につけるには大変な努力を要する。

正直、俺もそこまで行けては居ない筈である。

例えば、だ、息子が何か物を投げまくるとする。
その行動「のみ」を見ればこれは立派な問題行動であろう。
しかし、息子はおもちゃをサイコロと誤認して投げているだけかもしれない。
また、「物を投げる前後で何が起こったか?」を把握しないといけない。
場合によっては「問題行動」どころか「好ましい兆候」であるかもしれない。

「物を投げる」事を家内もお袋も「問題行動」と見ていたが、俺だけが「やっとこの行動がはっきりと出てきたか」と安堵した。

何かうまくいかない時に、「物を投げ出す」という事はイライラとか不満、怒りを息子なりに表現しているのだ。
息子が「怒る」を自覚している、という事は「我慢」を具体的に教える事が出来るという事なのだ。
決して「押え込む問題行動」であるとは限らない。

するとするのならば
1、「物を投げる」のではなく「別な表現方法」で「怒る」ようにしないといけない。
2、「怒ってはいけない状況」を教える。

さて、作業療法は先ず「発達テスト」を行う事から始まる。
しかしこれを終了させる為には1ヶ月かかるとの事だった。
いきなり気が遠くなる事を感じる。
しかし、家内にアドバイスをしたのは「作業療法士の人の指導方法を盗め」
という事だった。
2回しか面識の無い人の言う事を息子は理解できているのである。
この不思議(実は不思議でもなんでもないのだが)を理解するように、と家内に伝えた。

作業療法の1回目の終了時、
作業療法士の方(家内くらいの年齢の女性だ)が
「(お子さんの笑顔は)とってもいい笑顔だねぇ」
「この笑顔を伸ばしてあげたいね」
と家内に行った。

息子は「自閉症なのだろうか?」と思うほど表情は豊かである。
そして、息子は障碍を持ってしまったが、その代わりに強力な武器を手に入れている。
息子の笑顔は(親が言うのもナニだが)とても可愛い。
おれは思う。
息子がこの笑顔を見せている限り、必ずどこかで「味方」になってくれる人が要るだろうと思う。

実際に、ここに一人いる。

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